2015年8月18日火曜日

健康に関する論文拾い読み 【No.59】

今年も猛暑日が続いています。お愛想で暑いねと会話しますが、暑い日に暑いといってもしょうがない気がして、心頭滅却すればというほどの気概はありませんが、当たり前と思えば汗も暑さも案外に気になりません。
 春から初夏にかけて健康に関する興味ある医学記事が散見されました。

①「握力検査は簡単かつ低コストの全死亡、心血管イベントおよびその関連死のリスク予測に有効かもしれない」 Prognostic value of grip strength: findings from the Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) study Lancet:Volume 386, No. 9990, p266–273, 18 July 2015 Darryl Leong, et al 握力が5kg低下するごとにリスクは1.2倍程度に増加するそうです。確かに筋力低下と早期死亡、有病率との関連は目新しいことではありませんが、サルコペニアがにわかに注目をされ始めている現代高齢化社会においては筋力(握力)の経時的変化は家庭血圧測定と並んで健康寿命の一つの指標となりうるでしょう。握力さえアップすればリスクが消滅するという逆説は確認されていません。しかし全身の筋力低下を防ぐような生活習慣(食生活への気配りや運動等)は決して意味の無いことでは無く、加齢による低下は必然として生活の質を反映する興味あるマーカーとして今後握力が健診現場に取り入れられるかもしれません。

②「糖尿病患者が禁煙をすると体重変化とは別の要因でコントロールが一時的に増悪する」 The association between smoking cessation and glycaemic control in patients with type 2 diabetes: a THIN database cohort study Lancet Diabetes & Endocrinology:Volume 3, No. 6, p423–430, June 2015 Deborah Lycett et al 実は以前に私も産業医をしている某企業の支店長から相談を受けたことがあり答えられなかった質問の解答かと思っています。その企業の健康講和で、折につけタバコの健康被害について話していました。通常体重が禁煙により3~5kg増加するけれど、そのデメリットと禁煙によるメリットを考えた場合、圧倒的に禁煙メリットが体重増加デメリットを上回るという論文も紹介していました。先生がそう言うから友達に禁煙を勧めたら、糖尿病が悪(わる)なったり、中には突然訃報が届いた者もいたりして、先生!どうなってんねんやろ。怖くてタバコやめられヘン。この論文によると、もちろん喫煙そのものは2型糖尿病の発症リスク上昇因子(44%増)です。これは踏まえておかなければなりません。問題になるのは途中禁煙がどう糖代謝異常に影響するかです。禁煙による糖代謝異常増悪は体重増加とは独立した要素のようで、禁煙者は数年間、喫煙継続者に比べて糖尿病発症リスクが高まるのだそうです。このリスク上昇が解消されるすなわち喫煙歴のない人と同等になるのは10年ぐらいかかるそうです。最初から吸わんこと!また、2型糖尿病の患者さんが一念発起途中で禁煙するとHbA1cが0.21%上昇したそうです。糖尿病患者さんはもちろん禁煙をすべきですが、血糖と血圧が安定している時期、肥満者は減量に向けて生活の安定が図られた時期に禁煙を導入すべき様です(飯野内科:飯野研三氏)。

③「胃カメラにて胃粘膜生検を受けた人の将来。胃がん発生リスクと生検組織診断の関係」 Incidence of gastric cancer among patients with gastric precancerous lesions: observational cohort study in a low risk Western population BMJ. 2015 Jul 27;351:h3867. doi: 10.1136/bmj.h3867 Huan Song et al 胃粘膜生検結果が正常粘膜だった人が20年以内に胃がんになるのは256人に1人、胃炎は85人に1人、萎縮性胃炎は50人に1人、腸上皮化生は39人に1人、異型性は19人に1人と報告しています。対象者はスウェーデンの40万人強の全国レジストリーからの統計処理結果から得られた数字です。日本ではピロリ菌感染に基づく萎縮性胃炎(ペプシノゲン検査)から胃がんのリスクを想定したABC検診(ABCD分類)が実施されています。ピロリ菌抗体は除菌によって値が低下するので抗体陰性といえどもまったく安心(リスク0)と考えてはいけません。人種と生活背景が違うとはいえ、これらの疫学データを参考にして精度高い検診システムが構築され、日本の胃がんリスクが低下すること祈りましょう。
 なお、H,Pyloriのみが一躍有名(?)になっていますが、おっとどっこい、ヘリコバクター菌は他にも(今のところ菌種29)あり、他の疾病との関連において有望な(困った)候補者の存在がにわかにクローズアップされてきています。ピロリ陰性のMALTリンパ腫等も経験するところからH.cinaedi など今後のヘリコバクター属の病態が解明されていくことを期待しましょう。

夏は暑いのです ごきげんよう

医公庵未翁 記



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