2013年6月25日火曜日

空は青かった 診断学 そして 新興寄生虫性食中毒(クドア、ザルコシスティス) 【No,45】

 書き始めた今日は6月12日、朝から嬉しいことが2件ありました。その一つ。いつもの様に5時過ぎに目が覚めて花の水やりで外に出たところ、まぶしい光が新緑の葉に踊る様に戯れているではありませんか。見上げると真っ青な空。この頃乾きがちな土に台風(3号)・湿舌に依る降雨を期待していたのですが、残念ながら台風自ら勇んで北上した結果、早めに27度以下の低海水温域に入り込み、パワーをゲットせぬままに勢力の強い高気圧に行く手を阻まれ、もたついているうちに偏西風にあおられて東へ転向し、近畿は風のみとなりました。吹き飛ばされて空気はいやが上にも澄み、かつてモンゴルの平原、サウスカロライナチャールストンの海上、エチオピア高地で味わった透明度の高い空気を抜けて、何ら汚れぬまま辿り着く光の煌きを感じられた朝でした。躍動する光! 昨今、我が眼の水晶体の劣化かとあきらめかけていたのは、単に空気の汚濁が原因だったようです。

 もう一つは最近手に入れた医学書です。6時31分摂津本山発の東西線経由京田辺行きはほぼ確実に座れる電車で、ちょっと分厚い本を開いて読み始めました。医学書院発行【サパイラ 身体診察のアートとサイエンス】原書第4版の邦訳です。帯には「臨床経験を重ねながら読み返すバイブル」「記述の広さと深さは類書の追随を許さない」A4サイズ888ページの英知と箴言に満ちた医学大書です。今は採血によるバイオマーカー分析、精細な画像診断等診断技術の精度は過去に比べると遥かに高まっています。胸部聴打診よりもCT、心エコーは確かに有用ではありますが、患者の顔を見ずに発生源入力に気を奪われている医療現場の実態も木を見て森を見ず、臓器を診て人を診ずと言えるでしょう。昨今戦略としての各種疾患ガイドラインは充実して来ており、これを生かすには一つ一つのあるいは個々のタクティクスが精細で力強くなくてはなりません。診断の方向をしっかりと見定めるためにも人の発しているあらゆる身体情報を的確に把握するのが医療の原点です。経験を積みなおかつ医療の感性を磨き続けなければなりません。この大書を読破できるかどうかは分かりませんが、名著にあえた楽しみを嬉しく思っているところです。

 

 

 そうこう書いているうちに日は経ち、梅雨真直中の近畿となって来ています。相次ぎ台風の直撃は免れているものの、結構な雨量に恵まれて夏の渇水はなさそうです。H7N9は中国国内感染症に止まり、再燃あるいは様変わりするウイルスの「シフト」「ドリフト」の可能性は残っていますが、とりあえず一旦は終息宣言されました。家禽の取引再開の中国だそうです。一方風疹はさすがの大阪もピークを越えたようです。しかし安心はできません。食中毒注意の季節です。新しく起因菌の分かった魚介類そして馬刺による感染症とアレルギーに間違われやすい赤身魚の病因を明かしてみましょう。

 カミサンが熊本出身のお蔭で、霜降りの馬刺を食べる機会が時々あります。新鮮な馬刺はグリコーゲンが多いためか上品な甘みが噛んだ瞬間口中に拡がり、卸しニンニクのぴりっとした刺激と交わって我が家ではあっという間に家族のお腹に収まります。たてがみと称する部位もちょっとした酒のアテに最適です。

 ちなみに、私お勧めのカミサン出身地熊本県菊池のお店です。

  http://kikuchi-come.jp/shopkeeper/0007.html

 ところが馬肉喫食後数時間から十数時間という比較的短時間(毒素に寄るブドウ球菌食中毒並みのスピード)で、下痢・嘔気嘔吐・腹痛、時に悪寒や倦怠感を伴い、1〜2日で恢復する予後の良い病態が知られていました。研究の結果線虫に類似した住肉胞子(サルコシスト)原虫“S.fayeri”であることが分かりました。トキソプラズマと近縁だそうです。住肉胞子虫には2種類の宿主があり肉食動物が終宿主で草食動物が中間宿主になっており、馬だけではなくウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、イノシシ、シカ等が中間宿主にあたるそうです。いわゆるゲームミート(フランス料理ではジビエ)がやばいですね。ちなみに馬にはS.fayeri、S.neurona、S.bertramiが寄生し、終宿主は犬科動物だそうです。古代からの生き物の生活環が見えて来ます。人が終宿主のS.hominisもいるそうです。草食系新人類の増えた今、起源はやはり人も肉食系だったのでしょう(か?)。でも、馬刺はあまり食べないという方が殆どかもしれません。日本でも福島、長野、熊本等地域特異性もありそうです。しかし、ヒラメとなればかなりの方々は“えんがわ!“等とちょっと粋がってオーダーなさった経験をお持ちだと思います。

  ヒラメを食して後、上記馬刺しと同じくごく短時間で発症し、一過性軽症に留まる下痢や嘔吐が中心の食中毒はあまり知られていないかもしれません。特に潜伏時間の短さが特徴で、事例によっては2時間程度の発症報告があるようです。こうなると痛飲している場合飲み過ぎに依るのかヒラメの仕打ちか分かりませんね。最近この病態の原因がKudoa septempunctataという新種の粘液胞子虫として特定されました。ヒラメに寄生する胞子虫には他にK.thyrsitesやK.lateolabracisのようなクドア属が寄生しているそうで、それらが分泌する蛋白分解酵素が魚の死後に筋肉(さかなの身)の融解変性を起こし、肉がズルズルと軟化してジェリーミート現象を引き起こし、商品価値を下げる結果となるようです。冷凍カニでも時々ジェリーミートに遭遇することがありますね。特に通販。これらはすべて蛋白分解酵素のなせる業です。このクドア属の生活環は何だと思います?あたり!ミミズやゴカイなどの環形動物なのだそうです。釣り餌を考えればもっともな話。このヒラメ筋肉内に居た胞子を食べると人の腸管に達して胞子から原形質が放出され、腸管細胞層に侵入します。本来の宿主である環形動物の腸管ではそこで有性生殖が行われますが、人の腸管ではこの現象はまだ確認されていません。しかし侵入にあたって腸管構造が破壊され(蛋白分解酵素などの作用で)消化管症状が発現している可能性が高いと思われます。すなわち本来の宿主でない人の腸管では増殖までには至らず、比較的速やかに感染後数時間で症状は軽快するのではないかと考えられます。胞子虫は冷凍と過熱で失活しますが、当然ヒラメをそうして食べたくありませんよね。ただ、養殖ヒラメの餌は天然と違い環形動物を与えていませんので、養殖前の稚魚にさえいなければ感染症の発症は稀有なものとなるそうです。かといって天然ものでの感染は定かではないようです。それほどに我々が普段食べているヒラメは養殖物が殆どであり、この人工的な飼育・養殖環境にクドア汚染が既にかなりの頻度でもぐりこんでいる現状なのでしょう。この度のインフルエンザH7N9と家禽市場の関係と、何か感染拡大につながる社会構造の類似点がありそうです。しかし未だ養殖ヒラメの感染に関して、区域性、地域性までは特定されていないようです。輸入ヒラメが四分の一を占める現在、厚生労働省医薬品食品局食品安全部長通知(平成24年度6月7日 食安発0607 第7号)「クドアを原因とする食中毒の発生予防に付いて」が出されており、取り締まりが行えるようになっているそうです。流通機構に従事する人々の食中毒に関する疾患認識度と通知の実行具合は我々の測り知らぬところですが、私はこれにめげず、馬もヒラメも食べ続けていこうと思っています。しかし危有りてこそなお美味増せりは無知の域を出ず、美食に危有りは少なくとも今後さらなる新興感染症発生の覚悟をしておかなければならないでしょう。

http://www.iph.pref.osaka.jp/news/vol47/news47_1.html

http://www.nih.go.jp/niid/ja/route/intestinal/1468-idsc/iasr-topic/2277-tpc388-j.html

 長くなってしまいました。赤身魚に付いては近日次号にて。

 予告キーワード:ヒスタミン中毒、Scombroid poisoning 酢昆布ではありません。

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