2012年3月21日水曜日

グリコヘモグロビンと有平糖 【No,31】

 お水取りが終わり、お彼岸の中日(春分)を迎えました。前回に彼岸に至る修行の六波羅蜜(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、般若=智慧)に触れました。医療を修めるにも共通する重要なものの考え方でしょう。今年の3月20日は西クリニック放射線技師T君の結婚式が御影であるので本山北畑にある西光寺さんの彼岸会には出席できません。回向での先祖戒名読みあげのみ頼みました。我が家のお墓も御影にあるので、当日ちょっと寄ることにいたします。深田池界隈には春の息吹が漂っていることでしょう。

 さて、この4月からは糖尿関連検査ではちょっとややこしい事態が発生します。一般の方の混乱が予想されますので少し解説しておきましょう。
糖尿病の診断基準に血糖とならび、一昨年からグリコヘモグロビン(HbA1c)が設けられことは既にご存知の方は多いでしょう。即ちHbA1cが6.1%以上は糖尿病型という日本糖尿病学会の診断基準です。大学時代ヘモグロビンの構造と機能の研究に携わっていたので、遅かったやっとデビューできたねの感があります。赤血球の中には赤い色素蛋白ヘモグロビンが詰まっており、酸素、炭酸ガスを運んでいます。体中の赤血球は約20兆個で毎日約2000億個が新成されています。その寿命は約120日で、半減期すなわち身体の赤血球の半分が入れ替わるのはおよそ1カ月です。赤血球120日の生涯では約20〜30万回身体を循環することになります。この間ヘモグロビンにもやはり老いが巡ってきます。周囲にあるブドウ糖がヘモグロビン(α2β2の4量体)のβ鎖N(アミノ)末端のバリンに付着し、まるでシミのように共有結合で離れなくなります。これがHbA1Cなのです。血糖値が高く、長時間続いている糖代謝異常の病態ではこのシミが当然多くなる仕掛けです。

 



日常臨床
2012年4月1日よりHbA1cの値はNGSP値を用い、当面の間、JDS値も併記する。
なお、NGSP値とJDS値は、以下の式で相互に正式な換算が可能である。
NGSP値(%)=1.02×JDS値(%)+0.25%・・・(1)
JDS値(%)=0.980×NGSP値(%)-0.245%・・・(2)

特定健診・保健指導
システム変更や保健指導上の問題を避けるため、2012年4月1日~2013年3月31日の期間は、受診者への結果通知及び保険者への結果報告のいずれも従来通りJDS値のみを用いる。2013年4月1日以降の取り扱いについては、関係者間で協議し検討する。

記述上の表現
NGSP値で表記されたHbA1cは、「HbA1c(NGSP)」と記述する。また、従来のJDS値表記のHbA1cは「HbA1c(JDS)」とする。これまでJDS値+0.4%で表されるNGSP相当値を国際標準値として論文などで用いてきたが、今後はNGSP値を用いる。ただし、上記の様に臨床的に問題となる多くの範囲においては両者に違いはない

表示・印字文字数に制約のある場合の検査項目名
検査項目名の表示・印字文字数が5文字以内となっている臨床検査システムでは、すでにHbA1c(JDS)に対して項目名「HbA1c」が付与されている。よってこれと区別するため、HbA1c(NGSP)についてのみ、その項目名を「A1C」(アルファベットは大文字)とする。

糖尿病の診断
2012年3月31日までは、従来のJDS値を用いて診断し、6.1%以上を糖尿病型とする。2012年4月1日以降は、NGSP値を用いて診断し、6.5%以上を糖尿病型とする。

HbA1cによる血糖コントロールの指標と評価
2012年3月31日までは、従来のJDS値で表された現行の指標と評価を用いる。2012年4月1日以降は、現行の血糖コントロールの指標と評価に用いられたJDS値をNGSP値に換諒した値を用いることとする。

 日本では今までにHbA1c検査技術を精度よく開発し、また医療業界では広く浸透して糖代謝異常の診断、管理に使用してきました。いささかもこれは今に至るまでぶれてはいません。しかし欧米や中国、韓国が使用している基準値と約0.4%ズレていることが、国際学会の発表やインターナショナルジャ−ナルでしばしば煩雑な問題となっていました。読み替えを要求されるからです。グローバライゼーション(国際標準化)が必須となってきましたが多勢に無勢、日本の基準値(JDS)を国際基準(NGSP)に合わせることになりました。おそらく腹囲を含むメタボリック基準も数年以内に同じ憂き目に遭うかもしれません。それはさておき、この二重規範適応が一般診療と健診の間でこの1年(場合によっては数年)国内で発生することになったのです。単純に数値の読み替えを行わなければなりません。特定健診が始まって今年度(H24)は5年目にあたり、まだ進行中であるこの行政施策のためにJDSのデータをNGSPのデータに診療域にシンクロナイズさせて変換ができなかったのです。
 一般診療の領域のみ、あるいは健診領域のみでHbA1cの経時変化を診るのには問題ありませんが、健診と診療の領域にまたがる時に問題(混乱)が起こると予測されます。全ての医療従事者、健保組合等担当者がこの事実を十分に把握しておかなければならないと同時に受診者の方々も知っておかなければならないでしょう。0.4%の変動は大きな変動です。口頭の医療現場では気付けば読み替えは簡単ですが、診療録や電子媒体に保存される時にそれがどちらの基準値である〜あるいはあったのかを記載しておかないと後日の検索の時にあるいはデータ解析の時に混乱または数値の断層が発生するかもしれません。一喜一憂、健診結果に頓着しない(不謹慎な?)方には関係しないでしょうけれど、健康に関心を持ち努力をしている方においては例えば、糖代謝異常の治療を受けておられる方が健診を受けるとHbA1cが0.4%改善したように見えるので一喜!コントロールの努力の手綱を緩めてしまわれるかもしれません。一憂は健診結果を持って再診あるいは精査に医療機関を受診されても、この変化を十分ご存知の無い医師が担当するとこんな結果で受診する必要なしと一蹴されるかもしれません。お互いにこの1年十分注意して糖代謝異常の診療にあたらねばなりません。

 

 

 先日テレビで有平糖の番組がありました。お茶席では薄茶の御干菓子として時にこの有平糖が出てきます。特に涼やかなそして鮮やかな色合いは干菓子盆に映えてお茶席を明るくするように感じます。この有平糖の語源はポルトガル語alfeloa(砂糖菓子)なのだそうです。砂糖と水飴から色素と技術を加えて芸術にまで高める日本人の感性は今後とも多勢に無勢で消え去ることはないでしょう。静かなお茶席での有平糖は噛むと音がするので少し気恥ずかしく感じますが、これからは消えたJDSのグリコヘモグロビンを偲び、味わって食べることにいたしましょう。皆様も週末近くの和菓子屋さんで有平糖を見つけてみませんか。

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