2011年5月19日木曜日

祖父のこと そして 腸管出血性大腸菌に思う 【No,14】

 好天に恵まれた5月の連休が過ぎ、新緑が日に日に鮮やかさを増す季節となりました。神戸市東灘区辺りの六甲連山も、前山と後山の色合いが微妙に異なり、山懐の奥行きが車窓からも感じられるようになりました。この山の幾多ある登山道は、結構複雑な重なりあるこれら地形を、先人が柔軟に意味深く踏み固めてきた軌跡を今もたどっていることでしょう。
 5月の休みの日、久しぶりに「おじいちゃん」のお店にランチを食べに行きました。ハーバーランドのキャナル沿いにある明治屋神戸中央亭です。私の祖父は、明治23年三重県斎宮の生まれ。長男である彼は、家計を支えるべく早々に郷里を離れて横浜の語学学校に進み、幾度にもわたる東北沖の船酔いの試練を経て後、日本郵船欧州航路貨客船の司厨長を務めるようになりました。陸に上がって昭和初期~中期、洋食レストラン明治屋神戸中央亭(開業大正15年4月)の支配人になり、小柄で、口ひげをはやし、中折れ帽をかぶっての出勤姿は子ども心にかっこいいおじいちゃんでした。この関係から、神戸大丸の南、旧居留地にある海岸ビル一階のお店には幼い時からよく行っていました。事務職の方々、恰幅の良かったシェフ、給仕の女性陣にかわいがってもらった記憶があります。確か山口さんという給仕の女性が幼稚園児である小生のお気に入りであったことを思い出しました。顔も浮かびます。いえいえ、けっしてませた子どもではなかったはずです。まだメリケン波止場の手前を臨港線の蒸気機関車が走っていた時代でした。進水式のレセプションを落札した話や、お正月に我が家に届く銀皿と称するコールドビーフを中心としたオードブルに目を輝かせた子ども時代の思い出です。祖父がローストチキンをナイフとフォークで鮮やかに捌く姿は印象的でした。私の父も、そして私もウイッシュボーンを見事に取り出す技術を未だに持ち合わせていません。
 当時の中央亭は天井が高く、真っ白で清潔感あふれるお店でした。おじいちゃんの居る支配人室に入るのはいつもわくわくで、今でも厨房から流れてくる料理の香り、眩しいスポットライトの着いた事務デスク、給仕さんの蝶ネクタイやかわいいエプロンなどが懐かしい。
 残念ながら、16年前の神戸大震災で被災した思い出のある海岸ビルを離れ、中央亭は今の場所に移りました。評判はビーフシチューあるいはタンシチューで、歴史あるメニューですが、チャツネ風味のよく利いたドライカレーも外せません。今はタンコロッケも人気のようです。お食事の後、現在の支配人前田さんにお話を伺いましたが、伝統ある中央亭のコンセプトを守ろうとなさっている様子が誠実でかつうれしく思いました。資料も集めたい旨のお話でしたので、僅かに残っている(神戸大震災で我が家も全壊しています)祖父関連の記録をまとめてみようと思っています。  

 








アップな料理写真で美味しさが伝わるHPを選んでみました。
http://jirokichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-7ff0.html

 

 今回は美味しい食事のお話で始めましたが、4月末から5月上旬にかけて100人以上の規模での腸管出血性大腸菌感染事例が相次いで発生しました。焼肉屋のユッケが原因と考えられているO-111とだんご屋の柏餅等によるO-157感染症です。5月18日の時点で前者は4人の死亡、後者は重体の2人が報告されています。いずれにもわずかながらの二次感染者(原因食材→感染者→感染者)が発生している模様です。関西では未だご記憶の方が多いと思いますが、今から15年前(平成8年)の7月中旬に堺市で学校給食によるO-157腸管出血性大腸菌の学童集団感染が発生しています。当時私は和泉市の府立母子保健総合医療センターに勤めており、広い会議室が消化器症状を訴える子ども達の緊急入院場所になったのを経験しました。患者数8000名、死者3名(内1名の方が母子医療センターで亡くなられており、お母様のカウンセリングを母性内科医として一度行いました)の大規模感染事例でした。実はこの年5月末に岡山県邑久郡邑久町(現瀬戸内市)の小学校、幼稚園で先行したO-157感染が発生しており、有症者数500名、死者2名を出しています。1996年の記録によりますと、この年の発生件数179件、患者数15000名、死者8名とあります。堺はカイワレ大根が原因と推定され、当時厚生大臣としての菅現総理が風評被害を否定すべく記者会見の場でカイワレ入りのサラダを食べている報道が印象的でしたが、さて、風評被害否定の場は当時よりもまして今東日本大震災後の日本では求められている現状と重ね合わせると、さらにスマートに、そしてエビデンスに則った総理としての言動を期待したいところです。  今回のO-111はVT(ヴェロトキシン)2を持っていることが確認されており、この毒力はVT1よりも強いのではないかと言われています。また一般に腸管感染症の重症度あるいは予後は、本来自分が持っている腸管内細菌叢、血液型物質やシアル酸を中心とする糖鎖の遺伝的背景(個性)による易感染性あるいは抵抗性などが、菌の毒力あるいは摂取菌量と同じように重要と考えられています。堺の発症状況分析では母子医療センターの小児科医によると、女児にやや重症化傾向(便秘理由?)がみられ、毎日朝ごはんの摂取習慣がある学童は軽症で済んでいる可能性があるようでした。これはただ朝ごはんを食べるか食べないかという事ではなく、日ごろの食習慣・食内容が個人の、特に腸管を主体とする免疫、疾病抵抗力に関連していることを示唆しているのではないでしょうか。  病院等において感染対策を経験すると、感染症は人の「無知、油断・慢心、手抜き」を見つけ出して見事に侵入してくるな~と実感します。腸管出血性大腸菌は毎年数千名の感染(有症状+保菌者)が報告されています。そのうち数%のHUS(溶血性尿毒症症候群)そしてさらに数%(10例前後)の死者が発生している、けっして珍しい病気ではありません。毎年初夏から初秋にかけてこの感染症はピークを迎えます。口は災いのもとにならぬよう、食を提供する職種の方も、それを美味しく食べようとする方も手洗いを基本として、安全と快食を心掛けていきたいものです。

 

 



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