2011年4月15日金曜日

新婚旅行と胸部レントゲン ー放射線被爆についてー 【No,12】

 ついに、福島第一原発は4月12日INES(国際原子力事象評価尺度)のレベル7と査定されました。原因が天災であったにしても、従前の天災の規模想定、シミュレーション、事故後の対応に人の関与は否定できません。4月26日はチェルノブイリ原子力発電所事故発生日(1986年)です。今は多くの方々が体力・知力、総力を挙げてその対策に取り組んでおられ、自分の心身を犠牲的精神で鼓舞し、困難な環境の中でベストの方策を試行錯誤しながら遂行しておられるものと思われます。
 東日本大震災が当クリニックに直接影響した事象はありませんでしたが、関東から関西に疎開されてきたご家族(学童)のB型インフルエンザが診断された事例と、甲状腺機能低下症の治療薬(チラージンS錠)の投薬に関して福島いわき市にある生産工場の被災による品不足を外来受診患者の処方で配慮したことの2点が挙げられます。また本社検査部では、試薬キット等が潤沢に入手できず一時的に使用ブランドを変更せざるを得ないことがあったようです。弊社JMLと関係の深い顧客企業の中には、その支店や工場が被災し、職員ご本人、あるいはご家族のご不幸もあり、弊社取締役をはじめとした幹部職員が4月中旬に関東、東北地方へお見舞いに伺いました。折しも最大規模の余震が発生し、改めて被害の甚大さとまだまだ続く復興への遠い道のりを体感せざるを得なかったようです。
当事者の皆様、頑張ってください!

 話変わって、西クリニックでの通常健診をしていて、ときどき来られる妊婦さんはことごとく胸部レントゲンの撮影をスキップされます。皆様はそりゃ当然だろうと思われるでしょうが、今回福島第一原発の事故でしばしば報道された被曝線量を考えるいい機会ですので、果たして当然かどうかを考えてみましょう。
 胸部レントゲン(1回1枚)の被曝線量は0.06mSv(60μSv=シーベルト)、上部消化管の健診で手際よく型通りに実行すると0.6mSv、精細疾病診断時の線量は増加して3mSv、CTスキャンは部位に依りますが6~10mSv、マンモ1~2mSvとなります。よく撮られる歯科のパノラマ撮影は0.04mSv程度です。以上は撮影条件によってかなり変動するので、あくまでも目安であり、診断目的(撮影方法)によって10倍~100倍程度に差があることを分かりやすく書いてみました。間接撮影は一般に直接撮影よりも線量は増加します。ごく普通の腹部CT検査(1回)は胸部レントゲン200枚相当と言い換えることもできるでしょう。さらに異なる表現をしてみましょう。バックグラウンドすなわち自然放射線被曝に対応する実行線量当量をみてみると、胸部レントゲン一枚は約1週間相当、健診上部消化管レントゲンは70日、マンモグラフィーは150日、腹部CTは3年分の自然被曝に当たる計算になります。ちょっと驚かれたかもしれません。でも、放射線検査はあくまでも必要あって行う検査であることを忘れてはなりません。被曝線量が多い検査は診断精度の高い検査です。
 さて自然被曝ですが、われわれは、レントゲン検査を受けないでも日々自然放射能に曝されています。これについてはしばしば今回の報道で出てきましたね。年間被曝線量の基準値は2.4mSvで、主に吸入によるラドン、宇宙線、大地・建物、食品から日常放射線としてわれわれは被ばくを受けています。また、ラドンや大地からの放射線は地域によって大いに異なります。これに加えて定期健康診断や疾病受診時の検査等で国民一人当たりの線量として計算すると1.7mSvになると言われており、実際の日本人の年間被ばく線量は約4mSvと考えられます。

 

 

 さて、少なからず出来ちゃった結婚の昨今、妊婦の新婦が新婚旅行に北米往復をしたとしましょう。
楽しい片道半日程度の航空機内では手に手を取り合って、機内食と映像を楽しみ帰国します。健診での胸部レントゲンは型のごとく妊娠しているから撮影はキャンセルとなるでしょう。うん?新婚旅行での国際線は高度8000~10000mを飛んで、この時の被曝は往復0.2mSvと言われています。胸部レントゲン3~4枚相当の被曝量なのです。新婚旅行止めますか?放射線被曝を改めて考えると、とても危険だと思われる方が多いようですが、知らずに被曝している日常放射線の現実を考えると、通常の健診による被曝は決して驚くような線量ではありません。一般の方はまだまだ夢物語ですが宇宙旅行では毎日1~3mSv被曝し、半年で最大400mSvの線量を受けることになるそうです。
 もちろん過剰な検査は避けなければなりませんし、撮影技術の上手下手も関係するでしょう。一方で、最近はスパイラルCTが開発されて実際の1回あたり被曝量は低減化されていく方向にあります。ここで興味深いリポートがあります。オックスフォード大学の研究者による一流医学雑誌ランセットに報告された内容です。レントゲン検査による被曝が原因となってがんが発生する確率をみると、日本は先進15カ国の中で一番で、検査による増加率は3.2%(年間7500件)というものです。CTの件数はレントゲン検査の約6%にとどまりますが、集団被曝量としては約40%を占めることになるようです。世界中のCT装置数の約半分が日本にあるとさえいわれています。今後は慎重に検査適応を医療側も皆様も考えて行かなければならないでしょう。一方で、CT検査により確定診断が付き、その恩恵を受けた方が圧倒的多数おられることも事実です。検査そして医療そのものの意思決定(インフォームドコンセント)における価値交換(損得勘定)をしっかりと考えて行かなければならないでしょう。

 私の友人が教えてくれたのですが、彼の伴侶の甲状腺機能亢進症ヨード(I131)アイソトープ治療では約1ヵ月間、自宅内ガイガーカウンターが鳴りっぱなしだったそうです。もちろんこの治療法は医学的に決められた正規の治療法の一つです。放射線は我々の身近に存在します。恐れず、正しく対応することが求められます。特に妊婦での意味のない放射線検査は避けなければなりません。心配される胎児の構造異常(奇形)は器官形成期(おおよそ妊娠3週の着床後から妊娠10週まで)に発生します。胸部レントゲン撮影の母体被曝線量は0.06mSvで胎児はこの時期まだ小骨盤腔に収まっています。母体を通過した直接の被曝と母体内散乱放射線併せても、0.01mSvが実際の胎児被曝量と言われており、これによる現実的な健康リスクは他の要因に比べると寡少すぎる値です。千葉大学放射線部の論文によっても、プロテクターの直接被曝低減化効果を認めるものの、その実際の臨床的意義は無視できるとあります。安心して、健診の胸部レントゲンを受けてかまいません。
 ただ、私の母性内科医として27年間の経験では、医学的安全性と、社会の価値判断のギャップの中で一番損をするのは妊婦さん自身です。赤ちゃんは決して全員が健康障碍無しには生まれてきません。その時矢面にされるのが妊娠初期の胸部レントゲンでしょう。(新婚旅行は対象とならないはずです)冤罪とも思われる胸部レントゲンですが、自責の念に駆られ、冷たい家族からの(特に親族)目に耐えられないのであれば、私は胸部レントゲンを強要しません。個人の選択が重要です。それに必要な正しい情報を分かりやすくお話しすることが、健診といえども重要なNarrative Based Medicineの実践の場だと私は考えています。

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