2011年3月11日金曜日

修二会よりバーボンに火を吹く奈良の夜 【No,9】

 先週に年休をいただいて、奈良に1泊してきました。初日日曜日は、当クリニック事務長が所属する堺フィルハーモニー交響楽団のスプリングコンサートを聴きに、久しぶりに堺に出向きました。曲目はワグナー、ボロディン、ビゼーで、ハイライトはソロ・合唱付きのカルメンです。ソリストはなかなか迫力がありましたし事務長の吹くホルンは今までのコンサートの中で最高の出来でした。
 宿泊は京都より奈良が好きだった父の思い出がある奈良市三条通に面したホテルフジタ奈良。せっかくの二月堂修二会の時期で19時からのお松明も見られたのですが、空き腹に夕食を優先しました。五条市に発生した鳥インフルエンザのおかげで奈良の地鶏鍋は他県からの調達だとか。地酒は大丈夫なのでお燗と冷酒で小雨降る古都の夕食を味わいました。さらにこのホテルにはオールドタイムというバーがあるのです。
 夫婦二人でトムコリンズとマルガリータからスタートし残酒処理係の私をいいことにカミサンはバラライカへ一気に走ります。24時間熟成のこだわり氷に気が付いて、バーテンダーの方と話が弾み、バーボンのストレートを試してみることになりました。ケンタッキーのブレット(45度)、そしてジム・ビーム社スモールバッチのブッカーズは63度ですっかりご機嫌になった夜でした。

 前回は日本酒のお話をプロローグとしました。酒粕が健康ブームに乗って手に入りにくい昨今。幼少時の神戸の冬に粕汁は定番の汁ものでした。「おばあちゃん」の隠し味はナスの古漬け。具はいろいろあると思いますが、この古漬けがあるとないとでは味の締りが違う。舌に優しい酸味と香りの引き立て役でした。そうそう、たっぷりの酒粕が手に入ると作ってくれるのが酒粕饅頭。中身はグラニュー糖ですが、少し酒粕を水で軟らかくして砂糖を包み込み、お饅頭にして祖母が火鉢で焼いてくれるのです。時間がたつと隙間から砂糖が溶け出してその部分が少しカラメル色になります。でも、まだまだ!中の砂糖がとけるのを待たねば美味しくなりません。冬の懐かしい思い出です。それにもう一つ忘れられないのがひねり餅。杜氏さんが蒸米の状態を確認するために作るおもち。甑から茶碗二杯ぐらいのアッチチの蒸し米を取り出し、板の上で渾身の力を込めた掌で直径20cm厚さ1cm程度の大きさの御餅になるまで練り上げるのだそうです。子ども心の記憶では、柱に投げつけてその附着具合で蒸しあがり方を判断するとか聞きました。真偽のほど確かめたことはありません。このひねり餅を数年間にわたり頂いたことがあって、火鉢であぶって、砂糖醤油で食べました。何とも言えない歯触りとその奥行きのある甘さが印象的でした。そんな時代があったのでした。

 さて、しばしば登場するうちのカミサンですが、昔は酒はほとんど飲めなかった。すぐ真っ赤になってドキドキしてしまう典型的な下戸でしたが、徐々に力をつけて、ストレートで酒が飲めるようになってきました。もっとも、残酒処理係が傍に控えていて、次から次へと新しい酒を積極的に注文していけるのが現状です。ご存じとは思いますが、エタノールは分解されてアルデヒドを経て酢酸になり、最終水と二酸化炭素になり体外に排出されます。そこで今回は体内アルコール動態を考えてみました。
 まずアルコールのカロリーは1グラム7kcalで炭水化物が1グラム4kcalですから大カロリー源であることを忘れてはなりません。経口摂取されたエタノールは胃で約20%、小腸で約80%吸収されます。そして血流に乗り、2~10%が呼気、尿、汗などによりエタノールのままで体外に排出されますが、残り殆どすべてが肝臓で代謝されることになります。肝臓でのエタノール代謝経路の主役は肝細胞の細胞質に存在するアルコール脱水素酵素(ADH)で、脇役がnon-ADH系と呼ばれる小胞体に存在するチトクロームを介したMEOS(マイクロソーマルエタノール酸化システム、CYP2E1)とその孫請け(NADPHと共役)としてペルオキシソームにあるカタラーゼの二系統です。主役である前者のシステムが下戸と上戸を分けていると言われていますが、後者は鍛えれば反応する、いわゆる酒に強くなっていくカミサンが自ら体内で亢進させてきたシステムなのです。恐るべしHuman Body!このMEOSは大酒家やアルコール依存症では活性が増加しており、血中からのアルコール消失速度も促進されていますが、マイクロソームは多くの解毒機能を併せ持つ廃棄物処理場であり、これが活発であると他の薬剤(向精神薬、血糖降下剤、血液凝固剤)等コントロールが切実な薬剤の代謝が亢進してしまう副次効果が考えられ、薬の効きが悪いという現象の誘因となるようです。
 一方主役に話を移しましょう。これには二つの酵素が絡んでいます。まずはエタノールを分解するアルコール脱水素酵素(ADH)。そしてこの作用によりできたアセトアルデハイドを酢酸と水素に分解するアルデハイド脱水素酵素(ALDH)です。エタノール分解の中間段階でできるこのアセトアルデハイドが【酔う】症状の犯人です。アルデハイドを効率よく低濃度から分解できる人は顔面紅潮や心悸亢進、嘔気・嘔吐の症状が出にくく酒に強いことになります。そしてこれは遺伝的にどのタイプのALDHを持っているのか先天的な体質によることが判明しています。日本人はALDH2という効率よく働く酵素が欠如している人が40%程度と言われており、酒に弱い民族です。その分残念に思うのではなく、体がボロボロになるまで酒に酔えない、すなわち早めのイエローカードの御蔭で健康民族であることを自慢してもいいのではないでしょうか。やや単純に下戸と上戸の違いを書きましたが、アセトアルデハイドそのものに対する身体の感受性もあって、酒の強さは単純ではなく、一方慣れで強くなることも十分理解されることなのです。

 健診をしていて少し気になることは、酒を常時大量に飲む人の異なる代謝経路への影響です。ADHを代謝する際に思わぬ副産物NADH(還元型nicotinamide adenine dinucleotide)が出来てきます。そうすると体の中では大量にできたこの還元型を酸化型に戻すための代謝経路が活発とならなければなりません。これが副次的に核酸代謝を介して高尿酸血症、脂肪酸酸化阻害の結果の高中性脂肪を引き起こしてくるのです。葉酸欠乏~大球性貧血も時にみられますね。
 アルコール代謝能は1時間当たり0.1~0.2g/kg体重(純アルコール)。すなわち体重60~70kgの人では7~8g/時間処理できると言われています。25gアルコールは日本酒(15%1合)=ビール(5%500ml)=ウイスキー(43%ダブル60ml)=焼酎(25%110ml)に含まれていますので約3時間でこの量のアルコールを処理できることになります。一日平均エタノール60g以上の摂取を大量飲酒といいます。一日25㌘相当の飲酒は循環器系の疾患にむしろ好影響というリポートが散見されます。1~2杯で辞められないのが酒飲みと言えないこともありませんが、薀蓄を傾け、味を聞き、仲間と語らう酒席は人生の一つの歓びでしょう。お酒にまつわる楽しいお話があればまた教えてください。
 奈良の翌日、吉城川界隈の依水園、寧楽美術館そして足を伸ばした慈光院は次回にお話しします。くれぐれも桜の下での泥酔は避けて、笑顔のこぼれる春の到来を待ちましょう。

 

 



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