さて、皆様はとても幸せな国に住んでいる、このことを改めて認識する話題を取り上げてみます。 そんなことないだろう! 台風や震災などが次々と国土を襲い、円高に苦しむ中で何が幸せなものか。確かにこれは実感ですが、世界からみればうらやましい大げさにいえば理想ともいえる制度が日本には在るのです。2011年4月1日に日本は国民皆保険制度達成から50年を迎えました。皆保険制度は電気、ガス、水道のインフラストラクチャーのごとく、日常生活の中で当たり前のようにその恩恵に我々は浴しています。どこの医療機関でも原則本人3割負担で均質な医療を受けることが出来ます。我が国は平均寿命、各種健康指標など戦後66年の今世界のトップクラスを維持しているのは間違いありません。保健医療の普遍性は憲法で追及していく課題でありまたそれをこの皆保険で(敢えていえば疑似的に)短期間のうちに達成、維持してきたのが日本です。これは震災時に見せた日本国民の、世界から称賛される農耕民族的勤勉性と、同じて和せずとも同一性で安心する謙虚の美徳心が根底にあるからでしょう。しかしそれが、不況、震災、そして少子高齢化の中で風前の灯であり、また公平性、普遍性という社会主義的思想ほど欺瞞に満ちたものはないように思えるのです。欲望と差別に依拠するdevilが各個人には内在しているというこの現実に敢然と立ち向かわねばならない、今はそのための知恵と指導者の出現が待ち望まれているのだと私は考えています。前置きが長くなりました。メディカル朝日12月号の編集長が聞くには、東京大学医学系研究科国際保健政策学教授渋谷健司氏が取り上げられています。タイトルは「国民皆保険制度50年の計を生かすために」で、世界に冠たる英国の医学ジャーナル「Lancet」8月30日付日本の医療特集号の出版に至る経緯とその内容に関する概説です。渋谷氏と日本国際交流センター武見敬三氏の努力によって、この特集号は発行に至りました。折しも3月11日東日本大震災が準備期間中に発生し、むしろ現行の皆保険制度の抱える問題点を露呈させたようです。力作です。Lancet特集号のJapanese Transiation PDFをクリックすると日本語でEditorialからすべての記事が誰でもが読めてダウンロードできるようになっています。マスコミ記事ではなく、各著者がデータに基づき冷徹にかつ思いを込めて書き上げた記事が8編のコメント(それぞれに約2ページ)と6編の論文(14~15ページ)としてまとめられています。読むのは少ししんどいですが、日本の医療の今までと、浮き彫りになってきた問題点、そしてこれからを知り、考えることが出来ます。 http://www.thelancet.com/japan# 医療にはオレゴンルールというのがあって、アクセスが容易(いつでも、どこでも 誰でも 待ち時間なく)で、安い価格、高品質の3要件を満足させる医療制度はないとされています。戦車(タンク)に例えれば、攻撃力、防御力、スピードのいずれか二つを満足させることはできても一つはどこかで妥協あるいは弱点として容認せざるを得ないのと同じでしょうか。でもそれを求めて人、組織、国は努力を続けています。日本の皆保険制度はそれを理想的な形で達成・維持しているかに見えますが、これを機会に内在する矛盾と、その先に来るべき臓器別縦割りでない全人的(ホリスティック)医療として地域に根差したコメディカルチーム医療(医療、福祉の一体化)の将来像を皆様もひと時考えてみませんか。 人の命はたわいもなく消え去ります。幻想の不老不死を他者から与えられるのを待つのではなく、自分の人生を考え、選択し、納得する。地域の中で生き、そして活かされる自分を実感できる瞬間。人はその時初めて人としての尊厳を自らの力で得るのではないかと思います。これをサポートするのが医療であり、人の生きていく過程に寄り添うNarrative Based Medicine が医療の重要なコンセプトとして認識されなければならないと私は考えています。
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