さて、少なからず出来ちゃった結婚の昨今、妊婦の新婦が新婚旅行に北米往復をしたとしましょう。 楽しい片道半日程度の航空機内では手に手を取り合って、機内食と映像を楽しみ帰国します。健診での胸部レントゲンは型のごとく妊娠しているから撮影はキャンセルとなるでしょう。うん?新婚旅行での国際線は高度8000~10000mを飛んで、この時の被曝は往復0.2mSvと言われています。胸部レントゲン3~4枚相当の被曝量なのです。新婚旅行止めますか?放射線被曝を改めて考えると、とても危険だと思われる方が多いようですが、知らずに被曝している日常放射線の現実を考えると、通常の健診による被曝は決して驚くような線量ではありません。一般の方はまだまだ夢物語ですが宇宙旅行では毎日1~3mSv被曝し、半年で最大400mSvの線量を受けることになるそうです。 もちろん過剰な検査は避けなければなりませんし、撮影技術の上手下手も関係するでしょう。一方で、最近はスパイラルCTが開発されて実際の1回あたり被曝量は低減化されていく方向にあります。ここで興味深いリポートがあります。オックスフォード大学の研究者による一流医学雑誌ランセットに報告された内容です。レントゲン検査による被曝が原因となってがんが発生する確率をみると、日本は先進15カ国の中で一番で、検査による増加率は3.2%(年間7500件)というものです。CTの件数はレントゲン検査の約6%にとどまりますが、集団被曝量としては約40%を占めることになるようです。世界中のCT装置数の約半分が日本にあるとさえいわれています。今後は慎重に検査適応を医療側も皆様も考えて行かなければならないでしょう。一方で、CT検査により確定診断が付き、その恩恵を受けた方が圧倒的多数おられることも事実です。検査そして医療そのものの意思決定(インフォームドコンセント)における価値交換(損得勘定)をしっかりと考えて行かなければならないでしょう。 私の友人が教えてくれたのですが、彼の伴侶の甲状腺機能亢進症ヨード(I131)アイソトープ治療では約1ヵ月間、自宅内ガイガーカウンターが鳴りっぱなしだったそうです。もちろんこの治療法は医学的に決められた正規の治療法の一つです。放射線は我々の身近に存在します。恐れず、正しく対応することが求められます。特に妊婦での意味のない放射線検査は避けなければなりません。心配される胎児の構造異常(奇形)は器官形成期(おおよそ妊娠3週の着床後から妊娠10週まで)に発生します。胸部レントゲン撮影の母体被曝線量は0.06mSvで胎児はこの時期まだ小骨盤腔に収まっています。母体を通過した直接の被曝と母体内散乱放射線併せても、0.01mSvが実際の胎児被曝量と言われており、これによる現実的な健康リスクは他の要因に比べると寡少すぎる値です。千葉大学放射線部の論文によっても、プロテクターの直接被曝低減化効果を認めるものの、その実際の臨床的意義は無視できるとあります。安心して、健診の胸部レントゲンを受けてかまいません。 ただ、私の母性内科医として27年間の経験では、医学的安全性と、社会の価値判断のギャップの中で一番損をするのは妊婦さん自身です。赤ちゃんは決して全員が健康障碍無しには生まれてきません。その時矢面にされるのが妊娠初期の胸部レントゲンでしょう。(新婚旅行は対象とならないはずです)冤罪とも思われる胸部レントゲンですが、自責の念に駆られ、冷たい家族からの(特に親族)目に耐えられないのであれば、私は胸部レントゲンを強要しません。個人の選択が重要です。それに必要な正しい情報を分かりやすくお話しすることが、健診といえども重要なNarrative Based Medicineの実践の場だと私は考えています。
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